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ためらいの倫理学

内田樹の実質的な処女出版作品集が「ためらいの倫理学」というタイトルの単行本で、その表題作がカミュ論であることを今まで知らなかった。

普遍的な行動準則は存在しない、だからと言って何をしてもよいわけではない。暴力は不可避である、だからと言って暴力を正当化することはできない。

「ためらいの倫理学」

暴力に対する「ブルジョワ的」な凡庸さと、「革命主義的な」凡庸さのふたいろの頽廃をカミュは退ける。カミュが選ぶのは、いかなる慰めにも整合的理説にも達することのない徹底的な中途半端性である。

「ためらいの倫理学」

このカミュ論の文体で、唯一気になるのが「私たち」という一人称複数形。カミュ研究会の機関誌に掲載した論文だからか?

ためらいの倫理学―戦争・性・物語 (角川文庫)

ためらいの倫理学―戦争・性・物語 (角川文庫)

カミュ好きの内田先生は近著でも「アルジェリアの影」というタイトルでカミュ論を展開している。

私はアルベール・カミュを二〇世紀においてもっとも射程の遠い思想を語った哲学者のひとりと評価しているけれど、その評価に同意してくださる方はごく少数なのである。

「アルジェリアの影」

『異邦人』の英語版の序文にカミュはこう書いている。「なぜムルソーはゲームのルールに従わないのか。答えは簡単である。彼は嘘をつくことを拒否するからだ。(中略)彼には感情がないわけではない。一つの深く執拗な情熱が彼を突き動かしている。絶対的なものと真理に対する情熱である。」

「アルジェリアの影」

昭和のエートス

昭和のエートス

【参考】Book:シーシュポスの神話