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シーシュポスの神話

ここ一ヶ月くらい、ときどきカミュの「シーシュポスの神話」を引っ張り出して、『不条理な創造』のあたりを読んでいた。
もうこの文章を読むのは何回目だろう。
20年くらい前に買ってから繰り返し読んでいる数少ない本のうちの一冊。
シーシュポスの神話 (新潮文庫)

芸術創造とは偉大な物真似なのだ。

不条理な作品はひとりの人生の目的や意義や慰藉ではありえない。創造しようとしまいと、なにも変わりはしないのだ。

詩と評論に対する小説の優位性は、一見したところまったくそうは思えないのだが、じつは詩や評論にくらべて小説のほうが芸術をいっそう知性化するという点にあり、ただそれだけである。

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今日、本屋で内田樹の新刊が平積みになっていたので、手にとってみた。

昭和のエートス

昭和のエートス


パラパラとみていると、カミュ論である「アルジェリアの影」が気になり、読む。
サルトルとカミュの論争の話や「シーシュポスの神話」からの引用があり、なぜカミュが哲学者として評価されていないかについて論じている。
あとがきによれば、内田樹はこの文章を書くに際して久しぶりに「異邦人」の原書を取り出し、思わず翻訳を始めたが、老後の楽しみに(?)とっておこうと思い、断念したとか…。

構造主義の啓蒙書である内田樹の新書は数冊読んでいたが、こんなにカミュ好きだったとは知らなかった。

アルベール・カミュはある意味でレヴィ=ストロースが愛情を込めてその肖像を描いた「野生の人」に少しだけ似ている。

といった文章に、ワクワクしてしまうのだった。
この「アルジェリアの影」だけでも、この1冊を買う価値はあるなあ、と心が揺れるが、次回の楽しみにと思い、本屋を後にする。

さて、自宅に帰ってきて、内田樹先生本人は、どのようなコメントをしているのか?とブログを確認。

巻頭の「私的昭和人論」と巻末の「アルジェリアの影」だけでも立ち読みしてくださいね。

内田樹の研究室

やはり、充実の1本だったのか、と納得。(微笑)